幸せについて

パスター・レイ

2008年10月27日 09:19



先週、紹介した「食品の裏側」の著者である安部司氏が

甥っ子の誕生日を安部氏の自宅で開くことになり、

夫婦で前日から下ごしらえをして、

心を込めて、料理をこしらえた。

全部、無添加、無農薬の最高のものを出した。

その料理を披露して、甥っ子に食べさせたら、

あまり嬉しそうではなく、何も言わなかったそうだ。

あとで家に戻った時に、自分の親に

「叔父ちゃんの家、貧乏なんじゃない?」

と心配したそうだ。

安部氏は苦笑いした。





確かに無添加だと、鮮やかな色ではないし、

無農薬の野菜などは、形も悪く、均一でない。

つまり、見てくれが悪いわけだ。

しかし、人間が薬品などで色づけしたり、手を加えたものは、

きれいで、見栄えがいい。

ある人が「現代の最高のぜいたくは手間暇かけることである」

と言ったが、確かに、このような自然素材を添加物や

化学調味料なしに料理すると、

時間がかかる。しかし、それがぜいたくだと言うのだ。

教会にも、いろいろ問題をもった人がやって来て、

「何とかしてくれ」と泣きつかれることもある。

その中には、問題がインスタントラーメンのように

即席でよくなることを願っている人がいる。

ほとんどの問題は、ある日突然湧いて出たものではない。

その問題は、その人の生き方、生活習慣から出てきたもの。

病気も生活習慣の積み重ねで、出てくるのがほとんど。

たとえ、その問題が奇跡的に解決しても、

その人の生き方が変わらない限り、しばらくすると

また、似たような問題が起こる。

だから、その人の生き方を変えないと問題はなくならない。


そのための、近道なんてない。

「この壺を買えば、幸せになる」

「このペンダントを買えば、ツキを呼び込む」

インスタントで解決を求めている人は、

このような言葉に騙されるよ。

幸せは一日一日を誠実に生きて、

手間暇かけて、結果としてやって来るもの。

そして、幸せは大舞台に立つ時に感じるものではない。

何気ない日常で平凡でありながら、

自分と人を大切にして生きていく。

子供や、妻、仲間たちと小さな喜びや痛みをシェアして、

相手とつながっていることを確認できた時、

そんなことに幸せがある。




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