今日のバイボー(191)
「門の玄関の間には、全焼のいけにえ、罪のためのいけにえ、
罪過のためのいけにえをほふるために、
両側にそれぞれ二つずつの台があった。」エゼキエル40:39。
足の不自由なMさんのために、ある兄弟が教会まで、送迎をしてあげました。
初めMさんは、「いつもいつもすみませんね。ありがたいことです。」
と感謝していました。
それが毎回、続くと、それが当たり前のような感覚になって、
感謝の気持ちが薄らいでいました。
ある日、Mさんは、迎えに来るのが遅いと、
その兄弟に腹を立てるようになっていたのです。
私たちに注がれた驚くべき恵みも、
いつの間にか薄らいで、当たり前になるのです。
エゼキエルが見た神殿の幻は、
千年王国に建てられる新しい神殿のことです。
不思議なことに、いけにえをささげる祭壇があります。
イエス様が十字架で血を注がれたので、
必要ないのではないでしょうか?
確かに必要ありません。
では、なぜいけにえをささげるかと言うと、
それは十字架を覚えるためにです。
聖餐式も同じ理由です。
私たちは重要なことでも、簡単に忘れてしまうところがあります。
私たちの存在の中心は十字架です。
十字架を忘れないために、心に刻むために、
毎日、聖書を開くのです。
神様に向かって語りかけるのです。
あなたの心にいつも感謝とさんびがあるように。
関連記事