今日のバイボー(46)

パスター・レイ

2011年10月17日 06:45

「しかし、今は、私たちは自分を捕えていた律法に対して死んだので、
それから解放され、その結果、古い文字にはよらず、
新しい御霊によって仕えているのです。」ローマ7:6.



イエス様を信じた人には約束として御霊が心に住んでいます。

私たちが生活するために新しい翼が与えられたようなものです。

この翼を使えば私たちは自由に羽ばたけるようになり、

喜んで神の戒めを守ろうとします。

まったく重荷となりません。

こんな素晴らしい御霊を持っているのに、

がんばるクリスチャンは御霊ではなく、

古くて使い物にならない肉で律法に仕えようとしています。

自分の手をパタパタ上下に振って飛ぼうとしているようなものです。

そして、縛られて苦しチャンになります。

御霊に生きる方法は簡単です。

自分の肉「がんばり」というものを捨てて、御霊を選べばいいのです。

しかし、それが簡単ではないようです。

なぜなら、自分の肉にまだ希望を置いているからです。

この世の原理の中で長年生きてきた私たちはこの世界に対して、

いや、神に対してさえも、「できる自分」を証明してみせたいのです。

無理なのに。

そういう人に限って、中途半端に生きています。

パウロのようにベストを尽くして生きた人は、

自分には希望がないことを体験的に知っているのです。

早く自分をあきらめることです。

御霊にゆだねた時、楽ちんなライフスタイルに変わります。

翼で天高く飛ぶわしのように自由に生きることができるのです。

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