主は私の受ける分です
「主は私の受ける分です。」詩篇119:57a。
この意味は主がいれば十分、満足です。感謝です。
という意味です。
全能の神を現わす「エルシャダイ」は乳房という語源があります。
赤ちゃんは生きるために受けるのは、母乳だけです。
他はいりません。
この母乳に生きるためのすべての栄養分が含まれています。
母乳で赤ちゃんは生きられるようになっているのです。
私たちの人生も主がいれば、それで十分なのです。
主がともにいれば、すべてが満たされます。
主は私たちのすべてなのです。
確かに、問題が目の前にあるかもしれない。
必要なものが今、手にないかもしれない。
これが解決すれば、
これが満たされれば、
私たちは幸せになる
と思うものです。
しかし、私たちの幸せの道を本当にご存じのお方は主です。
その主が私たちに最善をしてくださっています。
このお方が今、あなたとともに歩んでくださる。
だから、すべてを感謝するのです。
主が私の受ける分です。
と。
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